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東京地方裁判所 昭和29年(タ)260号 判決 1956年10月16日

原告 春村カマ

被告 春村ナミ子(いずれも仮名)

主文

被告と本籍東京都豊島区千早町四丁目五番地一亡森新吉とが昭和二十九年十一月十三日東京都豊島区長に対する届出によりなした婚姻はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告は本籍東京都豊島区千早町四丁目五番地一春村十一と大正十五年初め頃事実上の夫婦となり、その後、昭和七年五月十日届出により婚姻をなし、以来右十一死亡に至るまで同棲生活を続けその間に長女優子、次女耶重子の二女を挙げたが、右十一は昭和二十九年十一月二十七日死亡した。

二、そこで原告は同居の妻として亡十一の葬儀万端を行い、死亡届を東京都目黒区役所に提出したところ、昭和二十九年十一月八日原告と夫十一との協議離婚の届出がなされて居り、その上右十一は被告と昭和二十九年十一月十三日届出により婚姻をなし、被告の肩書本籍に新戸籍が編製されていることを発見した。

三、しかしながら、原告はもとより夫十一と離婚する意思もなく、且つ離婚の届出をした事実もないので、右協議離婚の届出は何人かゞ原告の氏名を冒用してなしたものである。よつて原告は検察官を相手方として東京地方裁判所に右協議離婚が無効であることの確認を求める訴を提起したところ、昭和三十年十二月二十六日原告勝訴の判決言渡があり、同判決は昭和三十一年一月二十一日確定した。

従つて右十一と被告との右婚姻は民法第七百三十二条に違反してなされたものである。原告には右十一との間に前記二子があつて、長女優子は既に婚姻をしているが二女耶重子が将来婚姻する場合等に支障を生ずるので右十一と被告との婚姻の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の事項中原告が亡春村十一と昭和七年五月十日婚姻し、長女優子、二女耶重子を挙げたこと、右春村十一が昭和二十九年十一月八日原告と協議上の離婚をなし、その届を了したこと、右春村十一が昭和二十九年十一月二十七日死亡したこと、原告が検察官を相手方として東京地方裁判所に提起した右協議離婚の無効確認の訴につき昭和三十年十二月二十六日原告勝訴の判決が言渡され右判決が昭和三十一年一月二十一日確定したこと及び昭和二十九年十一月十三日右春村十一と被告とが届出により婚姻をしたことは認めるが、原告のその余の主張事実は争う。被告は昭和六年六月二十三日右春村十一と結婚式を挙げ、事実上の夫婦として同棲したが昭和八年初め頃、右十一と原告とが婚姻届をしていることを知つたので、同人と一時別れたが、その後右十一から原告との関係を清算するから復縁してくれと懇望されたので、昭和八年十月十一と再び同棲をはじめ、両人の間に長男知方(昭和十四年十月三日生)二男獲男(昭和十七年七月九日生)及び三男新吾郎(昭和十九年十月十三日生)を儲け、いずれも十一の庶子として入籍された。ところが右十一は昭和十九年六月当時の住所石川県小松市から単身上京し、その後は原告と同棲するに至り、昭和二十一年十一月、被告が現住所に上京してから後も被告の許には時々帰つて来る程度となつた。しかしながら右十一は被告及び前記三人の男児の将来のことを配慮し、かねがね原告との関係を清算する旨もらしていたが、昭和二十九年十一月四日被告に対し、いよいよ原告と協議離婚をした旨を告げた。そして右十一と被告とは届出により婚姻したものである。仮に被告と春村十一との婚姻が民法第七百三十二条に違反するものであるとしても、原告は原告主張の訴に対する確定判決により亡春村十一の妻たる地位を回復して居り、しかも春村十一は既に死亡しているので同人との婚姻は事実上解消しているから、被告と亡春村十一との婚姻を取消す実益は消滅しているし、亡春村十一の遺産相続については積極的な相続財産はないのであり、被告の婚姻が取り消されないために被告が亡春村十一の配偶者として相続人たる地位にあるとしても被告は原告に対し、該相続によつて承継した一切の権利を抛棄するから、この点においても被告の婚姻を取消す実益はない。更に被告と亡春村十一との間には三名の子があり、もし、被告と亡春村十一との婚姻の取消が行われるときは被告とこれらの子との関係が戸籍上切断され、被告は子と氏を異にせざるを得ない結果となり、被告及び子等の将来に暗影を投げ、その社会的地位は不安定不利益とならざるを得ない。要するに原告は被告と亡春村十一との婚姻を取消すことにつき正当な利益がないのに、被告に対する感情的な敵意から、たゞ被告及び被告の子らの社会的地位を無用に悪化せしめてこれを苦しめる目的のみを以て本訴請求を維持しているに過ぎないから権利の濫用として民法第一条第三項に該当し失当である。と述べた。<立証省略>

理由

いずれも公文書であるから真正に成立したと推定する甲第一乃至三号証同第八、九号証(各戸籍謄本)同第七号証(判決謄本)及び甲第十三号証(原告本人尋問調書)を綜合すると、原告と亡春村十一は昭和七年五月十日婚姻したこと、原告と夫十一との協議離婚の届出が昭和二十九年十一月八日東京都北区長に対してなされたが右は原告不知の間になされたものであつて無効であり、そして原告は検察官を相手方として東京地方裁判所に右協議離婚無効確認の訴を提起し、同庁昭和二十九年(タ)第二六〇号離婚無効確認事件として審理され同裁判所において昭和三十年十二月二十六日右協議離婚が無効であることを確認する旨の判決の言渡があり、右判決は昭和三十一年一月二十一日確定したこと、被告と右春村十一とは昭和二十九年十一月十三日東京都豊島区長に対する届出により婚姻をしたこと、並に右春村十一が昭和二十九年十二月二十七日死亡した事実を夫々認めることができ、これを覆えす証拠はない。しかして右離婚無効確認の判決は人事訴訟手続法第十八条の定めるところにより第三者に対してもその効力があるから、被告においてもこれを争うことは出来ない。然らば被告と亡春村十一との前示婚姻は右十一が原告との婚姻中配偶者のある身分であるに拘らず重ねて被告との間になされたものであり、民法第七百三十二条に違反するところのものであるから同法第七百四十四条第二項により原告はこれが取消を求め得られることは明らかである。

然るに被告は原告の本訴による被告と右亡春村十一との前示婚姻に対する取消権の行使は被告が答弁に於て述べた事由により権利の濫用であると主張するけれども、民法第七百三十二条は一夫一婦制を宣言したものであつて、これに違反した婚姻を取消し得るゆえんのものは私益上の理由にとゞまらず公益上の理由に基くのでかゝる観点からすれば被告の主張する原告が亡春村十一の妻たる地位にゆるぎないこと既に配偶者たる春村十一が死亡していること、亡春村十一の死亡による遺産相続につき被告が承継した権利を一切抛棄し、或は婚姻の取消により戸籍上被告と子等との関係に影響し、氏を異にすることとなることがあり、又被告及びその子らの社会的地位は不安定不利益となることがあるとしてもこれによつて原告が被告等の婚姻を取消す実益がないとはいえないし、又原告が被告主張の如き被告に対する感情的な敵意から、たゞ被告及び被告の子らの社会的地位を無用に悪化せしめてこれを苦しめる目的のみを以てなしていると認める資料もない。従つて原告の本訴請求が権利の濫用として否定されるべきものとは認められない。けだし、およそ権利の行使が権利の濫用としてその効果を否定されるためには権利行使の具体的場合において、それが形式的には権利の行使ではあるが実質的にはその権利本来の目的を逸脱し、公序良俗乃至社会の倫理観念に反する不当な結果となる場合でなければならないからである。右の如き場合ならば権利者に何らの利益をもたらさず、且つ、相手方を害する意思があるという事情の存否に拘らず客観的にその権利行使は濫用として否定されるべきである。しかし乍ら、本件においては原告の権利行使を濫用と認むべき特段の事情も存在しないから被告のこの点に関する主張はその理由がないのでこれを排斥する。

よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄)

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